松本千登世さん
エッセイ

ESSAY vol.7

ときめきの作法

【美のプロファイラー・松本千登世のときめきの作法】VOL.7  愛し続けたい「定番」。

2019.10.16

定番への反抗は、自信のなさから。

30代前半だったでしょうか? 「定番」に「反抗」した時代がありました。当時、服を選ぶ基準は「人と違うもの」「人の目を引くもの」。それが自分に似合うと疑いもせず。定番は面白みがないと決めつけて。そのときは自覚がなかったけれど、改めて振り返ると、それは自信のなさの表れだったのだと思います。トレンドに左右されない、ベーシックでタイムレスなものに身を包んだ自分を思い浮かべたとき、存在ごと埋もれてしまうんじゃないかと不安だった。そう、無意識のうちにほかの「誰か」と比べていたに違いないのです。

2つの異素材、アシンメトリーなデザインのスカートは、ジル・サンダー。
端正なのに、プリーツの揺れが少しだけ心を乱す。ザ・ロウのミュールと。

私があって服がある、それが定番の意味。

「そのジャケット、どこの?」「そのスカート、どこの?」と聞かれるたび、それを選んだ自分を褒められているようで、個性的ですねと言われている気がして有頂天になったけれど、繰り返されるうちに気づかされました。あっ、服と私の関係が逆転し、服に支配されてるって。そして出会った、メゾン マルジェラのライダースジャケット。黒×スエード×シルバーと、ハードでクールでマニッシュ。それでいて、付かず離れずのフィット感が女っぽさも感じさせる。この一枚を手にしたとき、感覚的に定番の意味がわかった気がしました。

フロントのジッパーを上げると、きちんと感が。袖はめくり上げて、手首を見せたい。

定番にわくわくする=未来にわくわくする。

このジャケットに袖を通したとき、決して大げさでなく、「100通り」の着こなしがイメージできました。デニムに合わせてもドレスに羽織っても、ときに主役になりときに脇役になり、ほかの誰でもなく、私という存在に寄り添い、なじんでくれるだろう……。定番は感覚を耕し、育み、個性を構築してくれるもの。年齢を超え、そのときの私を包み込み、際立たせてくれるもの。定番に出会いたい、一生愛し続けられる定番に。もの選びの視点が180度変わったら、未来の自分がもっともっと、楽しみになりました。

トレンチは何枚かもっている。これは、ステラ・マッカートニー。
同じブランドの厚底を見た途端、ひとめぼれ。ネイビーのコンビネゾンはRito。

定番は着回し、着崩し、着倒してこそ。

トレンチコート、テーラードジャケット、トートバッグにダービーシューズ……。ひとつ、またひとつと、定番を手に入れて、またも気づかされたことがあります。定番の「言うとおりに着ない」を心がけると、さらに定番は唯一無二のものになっていくということ。着回して、着崩して、着倒して、自分だけのかけがえのないものになるという……。ふと、ある女性の言葉を思い出しました。「バーバリーのトレンチコートは、ね。たとえ同じものでも、人の手に渡った途端、まったく別のものになると言われているのよ」……。

大人っぽい厚底を、後ろにスリットの入ったパンツに合わせてみる。自分では見えないけれど、人を驚かせたくなって。

松本 千登世

まつもと ちとせ

美容エディター。航空会社の客室乗務員、広告代理店、出版社をへてフリーに。多くの女性誌に連載をもつ。独自の審美眼を通して語られるエッセイに定評があり、絶大な人気がある。著書に『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』『もう一度 大人磨き』など多数。

文・松本千登世 撮影・目黒智子 構成・越川典子