美のプロファイラー・松本千登世のときめきの作法

ESSAY vol.8

エッセイ

【美のプロファイラー・松本千登世のときめきの作法】VOL.8 パールという「美学」

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2019.11.20

似合わない「劣等感」と「優越感」。

30代半ばのころ、女性誌の企画で憧れの女性にパールについて語ってもらったことがあります。パールはジュエリーの中でも特に「品行方正」を語り出すもの。純真や円満の象徴として、女性の人生に寄り添うもの。それを知ったとき、パールが持つ清潔感や幸福感というイメージにそぐわない自分に対して、コンプレックスを抱きました。一方で、こうも思ったのです。女性としての「正しさ」からはみ出した私も悪くない。そのほうがむしろ「おしゃれ」に違いない。劣等感と優越感を同時に抱かせるパールって、いったい?

最近、ブラックよりネイビーを身に着けることが多い。
ネイビーにパールは「お決まり」になりがちだけれど、気負わずに身に着けることができるようになった。

特別という呪縛から解き放たれて。

ふたつの感情を、行ったり来たりしたのは、パールに一目置いていた証しなのでしょう。そんな呪縛から解き放ってくれたのは、旅先でひと目惚れした、白と黒のロングパールネックレスでした。淡水ならではのひとつひとつ表情が異なる不完全さ、もちろん、手に届く価格もカジュアルに使える長さも決め手でした。すると……? パールがじつは「包容力」を持つジュエリーなのだと気がつきました。どんな服も受け入れ、シャツを女っぽくし、デニムを格上げしてくれる。そうか、甘えてよかったんだ、パールに……。

上海で買った淡水パール。帰国後に、糸と留め金を替えてもらったら、ピシッとゆるみがなくなり、堂々としたパールに変身。手入れの大切さを実感した経験。

遊び心が縮めてくれた、パールとの距離。

白と黒のロングパールネックレス。エレガントさとシャープさ、両方の表情を併せ持つシャネルのパールラリエット。誤解を恐れず言うなら、私の場合は、どこか「遊び心」を持って纏ったほうが、パールとの相性がよいのだと悟りました。ときに重ねてみたり、ときに背中に垂らしてみたり、ときに手首に巻いてみたり。そんな着こなしを楽しんでいたら、知らず知らずのうちにパールとの距離が近づいていました。どちらも、修理を重ね、ますます愛着が湧く宝物に。きっと、これからも私を楽しませてくれるに違いありません。

シャネルのパールのラリエットは、パールへの認識をあらたにしてくれた恩人みたいな存在。
デニムにつければ上質感を、あらたまったコーディネートにつけるとカジュアル感を出してくれる。

「似合う」への道のりは、「大人」への道のり

私のパールとの出会いは20代半ば。「いつか大人になったらと心に決めていた」という母からプレゼントされたものでした。何があっても対応できる本物のパールを。それはたぶん、何があっても対応できる本物の女性に、というメッセージそのものだった気がします。親友が結婚したときにも、お世話になった人とお別れしたときにも寄り添ってくれたパール。あれからおよそ30年……。ふと思いました。あんなに浮いていた白い光がいつのまにか溶け込んでる。もしかしたら、あのころ思い描いた大人に近づきつつあるのかな、と。

母が贈ってくれた「ファースト・パール」。当時のままの箱におさまっているパールを手にとると、自然と母を想う。

松本 千登世

まつもと ちとせ

美容エディター。航空会社の客室乗務員、広告代理店、出版社をへてフリーに。多くの女性誌に連載をもつ。独自の審美眼を通して語られるエッセイに定評があり、絶大な人気がある。近著に『「ファンデーション」より「口紅」を先につけると誰でも美人になれる 「いい加減」美容のすすめ』(講談社刊)。著書に『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』『もう一度 大人磨き』など多数。

文・松本千登世 撮影・目黒智子 構成・越川典子