美のプロファイラー・松本千登世のときめきの作法

ESSAY vol.10

エッセイ

【美のプロファイラー・松本千登世のときめきの作法】VOL.10 「言葉」を味わう。

2020.1.22

言葉を知ること=魅力が増えること。

「○○先生さあ、子供のころ『国語辞典』が愛読書だったんだって」。小学生のころ、中学生だった兄が家に帰るなり、興奮してこう言ったのを鮮明に覚えています。その先生は、授業がそれはそれは面白く、あっという間に終わってしまう。とても人気者なのだと聞いていました。当時「面白い」の意味を漠然と捉えていたけれど、今思えばきっと次から次へと言葉が溢れていたのではないかと想像します。気移りしやすい中学生の心を鷲掴みにし続けるほどに。言葉を知る=魅力が増える。心のどこかで憧れていたのかもしれません。

愛読する『日本語 語感の辞典』(岩波書店)。言葉の微妙なニュアンスがわかるので、読んでいるだけで楽しい。

全身を言葉のセンサーにして。

この職業に就いた私はよく「国語、得意だった?」「本を読むの、好きだった?」と聞かれます。そのたび、自信を持って「はい」と言えない自分に対して、後悔の念を抱いています。もっともっと、言葉に触れておけばよかった。柔らかい脳と心に刻み込んでおけばよかった。そう悔しく思うほど、年齢を重ねるごとに、言葉に貪欲になっていくのを感じています。選び取る言葉もその組み合わせも、無限に存在すると思うとすごく焦る。だからいつのころからか私は、全身が言葉のセンサー。つねに珠玉のひと言を探しているのです。

アンテナがキャッチした言葉はすぐに付箋にメモしてノートに貼るのが習慣に。ネタ帖を読み直すと、また新たな発見があることも。

気持ちが溢れる、言葉が生まれる。

じつは私、女優の江波杏子さんに憧れています。凛と艶を併せ持ち、正義感とユーモアに溢れた素敵の最上級。そんな江波さんは「ありがとう」という直接的なひと言を使わず、でも、その百倍も千倍も色濃い言葉を選び取り、組み合わせて、相手の心にふわりと残す天才でした。言葉の奥行きは女の奥行き、人の奥行き。美しい言葉に触れるたびそう思ったもの。以来、私も考え始めました。例えば「好き」や「大切」を伝えたい人にそれ以上に伝える言葉はないか、と。すると、言葉がもっと愛おしくなっていくのを感じるのです。

ときおり開く本に『物語のある広告コピー』(パイインターナショナル)がある。言葉を紡ぐ背景に思いをはせる時間。

言葉にも文字にも、人格が宿る。

子供のころ、母に言われたひと言も私の「核」。「下手でもいいから、丁寧に書きなさい。字を見ればその人がわかる。人格そのものだから」。大人になるほどに確信します。手書きの文字に触れて、この人らしいと感じたり、この人らしくないと感じたり。文字が人格を想像させるのは、思いが見えるからなのだと思います。パソコンやスマートフォンの普及で字を書かなくてもやり過ごせる時代。だからこそもう一度、文字を言葉を大切にし直したいと思うのです。経験とともに増える、上手くなる。言葉の豊かさは、大人の特権だから。

愛用の万年筆は現在、修理中。自分らしい言葉を書く大事な道具。
手を動かすのも好きだが、誰かから届いた手書きの文字を見るのも好き。

松本 千登世

まつもと ちとせ

美容エディター。航空会社の客室乗務員、広告代理店、出版社をへてフリーに。多くの女性誌に連載をもつ。独自の審美眼を通して語られるエッセイに定評があり、絶大な人気がある。近著に『「ファンデーション」より「口紅」を先につけると誰でも美人になれる 「いい加減」美容のすすめ』(講談社刊)。著書に『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』『もう一度 大人磨き』など多数。

文・松本千登世 撮影・目黒智子 構成・越川典子