美のプロファイラー・松本千登世のときめきの作法

ESSAY vol.12

エッセイ

【美のプロファイラー・松本千登世のときめきの作法】VOL.12 愛すべき「黒」。

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2020.3.18

この色を「崇める」か「軽んじる」か。

大学を卒業するとき、仲間が寄せてくれたメッセージのひと言。「いつも黒の装いに身を包み……」。大人に憧れがあった私は、この色を纏うことで自分が格上げされるような気になって、つねに黒を着ていたことを思い出します。確かに、20代の私は、実年齢よりも少し大人びて見えた、はず。ただ、着慣れると、「お洒落っぽく見える」「何にでも合う」「汚れが目立たない」と黒に甘え始めました。30代半ばだったでしょうか? 崇めていた色をいつの間にか、軽んじていた私に、黒はもう、味方をしてくれなくなっていました。

アンドゥムルメステールのニーハイブーツ。6,7年前に買ったものだけれど、ひさしぶりに履いたのは、何となく今年がニーハイの気分だったから。バレンシアガのジャケットは腰に張りをもたせたデザイン。

黒と自分の「質」を見直してみる。

黒を着ると沈む。黒を着るとくすむ。黒に拒否された時間は、今思えば、自分と色を改めて見つめる、意味のある時間でした。肌の色と質感は? 髪の色と長さは? 表情は? 姿勢は? 黒が似合わなくなった理由をとことん考えました。同時に、黒の質にもこだわるようになりました。艶はあるか、ハリはあるか、シルエットやサイズはどうか。そして、ときめきはあるか。もう一度、この色を崇め、それに見合う自分になりたいと思ったのです。すると……。艶やかで華やかで。黒は私にとって、「もっとも派手な色」になりました。

女優・板谷由夏さんデザインのロングピアス(SINME)。かしこまった印象になりがちなブラックパールがここまで個性的に。

「好き」という心意気で、纏うこと。

じつは、大好きな年上の女性にこう言われたことがあります。「年齢を重ねると、黒が喪服に見えることがあるの。疲れて見える、老けて見える。だから『この色が好き』という心意気を見せて着ないと」。思いもしない視点にはっとさせられると同時に、なるほどと納得させられました。若いころはさらりと纏うだけでよかった。でも今は、選び方にこだわり、着方を工夫して、意志を見せなくちゃいけない。不思議とわくわくさせられました。ときめきを感じることが、黒を派手に見せる何より大切なポイント、そう確信したのです。

Ritoのブラウスは、透け感が軽やか。ハイウエストのパンツ(バレンシアガ)には、シンプルなエルメスのベルトを2本つけて。

黒は、一生、お洒落の「トレーナー」。

自分が艶やハリを失う分、黒に艶やハリを求めること。経験を重ねて年甲斐が際立ってきた分、主張があるものでバランスを取ること。今の「正解」が見えてきたら、また、黒が味方をしてくれるようになった気がしています。ときにデニムなどカジュアルなアイテムを合わせて。ときにジュエリーなど硬質な輝きを取り入れて。今日の私と、今日の黒と。その距離感はこれからも変化し続けるのでしょう。だからこそ、黒は私にとってお洒落の「トレーナー」。一生、感性を鍛え、磨いてくれるものと信じ、改めて愛着を感じているのです。

パンプスのヒールに着目。床に垂直ではなく、内側に入っているデザイン(バレンシアガ)。一見「?」と思わせるが、意外と履きやすい。ソックスと合わせてカジュアルにはく。

松本 千登世

まつもと ちとせ

美容エディター。航空会社の客室乗務員、広告代理店、出版社をへてフリーに。多くの女性誌に連載をもつ。独自の審美眼を通して語られるエッセイに定評があり、絶大な人気がある。近著に『「ファンデーション」より「口紅」を先につけると誰でも美人になれる 「いい加減」美容のすすめ』(講談社刊)。著書に『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』『もう一度 大人磨き』など多数。

文・松本千登世 撮影・目黒智子 構成・越川典子